私は都市部(湘南方面)のマンションという制約の多い環境でモンステラを花まで導いたことで、あらためて「成熟」という要素の重要性を痛感しました。モンステラは若齢期と成熟期でまるで別属かと思うほどの姿を見せます。特に開花直前のフェーズでは、葉の分化が劇的に変化し、鮮烈なコントラストを持つ斑入り葉や、細かい切れ込みと孔が幾重にも重なった巨大葉を展開することがあります。
市場で「レア」と称される株、たとえばモンステラ・マクロコズム、スケルトン、フォームシックス(FORM6)、あるいはモンステラデリシオーサレースプリズマティックモーフ( Monstera Deliciosa Unknown Lace Prismatic Morph )、さらにはNoID株として流通するものなどは、いずれも“異常に穴が多く、複雑な切れ込みを示す株”として珍重されています。しかし、これらの表現型は遺伝的固定形質ではなく、成熟と環境要因の相互作用によって発現する一過的な姿である可能性が高いのです。今年、自らの株が花を咲かせる過程でその事実を裏付ける変化を確認しました。
どれほど高額で入手した「レア株」であっても、適切に成熟させられなければ本来の姿を観察することはできません。これは海外の愛好家フォーラムでも度々議論されており、fenestration(葉の切れ込み・孔形成)は「品種の証明」ではなく、オーキシンやジベレリンなどのホルモン分布、光量、根域制限、養分バランスといった複合的条件に依存する成熟指標だと認識されています。
さらに開花株を観察すると、健康に成長した株ほどダイナミックな表現型を示します。斑入り個体であれば鮮烈な斑を伴う葉を展開し、緑葉個体であれば見事な窓孔(ウィンドウ)と切れ込みを持つ葉を広げます。健全に成熟した株は、一度に複数の花序を形成し、結実を繰り返し、結果として直径数センチに達する太い幹を備えます。
さらに仏炎苞は、私の栽培環境では長辺で35センチ近くに達し、そのスケールの大きさを実体験から確認しています。海外の栽培コミュニティでは、熱帯環境で管理された株で40〜50センチを超える仏炎苞が観察されたという報告もあり、成熟株のポテンシャルは想像以上に大きいと考えられます。
ここで注目すべきは、仏炎苞のサイズや形状が遺伝的要因だけでなく、環境要因によって大きく変動するという点です。具体的には、
- 光量:強光下で育った株ほど光合成能力が高まり、花序や仏炎苞の発達が顕著になる。
- 根域の広さ:根詰まり等、根の異常(例えば根に水苔が巻かれた状態での用土や土壌への植え込み)によって花序サイズが抑制されやすく、地植えや大型コンテナ栽培ではより大きな仏炎苞が確認される。
- 株齢と栄養蓄積:若い株では花が小規模に留まることが多いが、数十節以上を伸ばし幹が肥大した成熟株は、エネルギー配分が開花に十分まわり、結果として大型の仏炎苞を展開しやすい。
- 温湿度条件:高湿度かつ安定した温度環境では、仏炎苞の形状がより滑らかに、かつ長大に展開する傾向がある。
- 四季の影響:私がモンステラを成熟させている環境は屋根のないマンションの庭で、冬には雪が降ることもある。このような厳しい日本の四季を経験させていることが、株に適度な休眠とストレスを与え、結果として強健な幹や大型の仏炎苞形成につながっている可能性も十分に考えられる。
よって、園芸店や生産者、ナーセリーなどの専門家および一般の愛好家が、SNSに投稿している開花情報(付いている花芽の数や仏炎苞の大きさ)を観察すれば、その株が健全に成熟しているのか、あるいはストレス下で小規模に咲いているのかといった状態を、ある程度把握することができます。つまり、花芽を付けた、開花したという事実そのものは決して特別ではありません。真に評価すべきは、複数の花序を同時に形成し、かつ長大な仏炎苞を伴うような、株の成熟度と栽培管理の精度が反映された健全な開花なのです。
結論として、モンステラにおける「レア」とは流通時点の形態ではなく、成熟を経て初めて現れる潜在的形質にこそ宿ります。そしてその姿に出会うためには、単に時間をかけて育てるだけでなく、光・根域・水分・栄養のすべてをバランス良く整え、状態よく成熟させることが不可欠です。
目次
開花したモンステラが教えてくれた真実
レアなモンステラは成熟しなければ現れない
以下は本日撮影した、成熟過程で幼葉相から成葉相への移行を示すモンステラの葉であり、深い切れ込みと多数の孔を備えた複雑な形態を呈しています。

こちらの葉は、ドリルの段階からすでに複雑な形状を示しているのを確認できました。

しかも本個体のモンステラは、葉に開孔する数の多さのみならず、葉先端に及ぶ裂け目が異常に深いことも、既往に展開した葉において確認しています。

動画でも撮影してみました。まだまだ丸まった葉ですが、もの凄い穴の数です。
このように、モンステラの葉は成熟過程において発達相(juvenile phase から adult phase への移行)を反映し、葉縁の切れ込みや fenestration が顕著に発達するという形態学的変化を示します。
続いてご紹介するのは、以前にも取り上げた開花直前のモンステラ・スケルトン株です。この株が示す成熟葉の形態こそ、モンステラにおける「レア」という概念を再定義するものです。すなわち、流通段階で一時的に観察される形態的特徴ではなく、成熟過程を経て初めて顕在化する潜在的形質(latent traits)にこそ希少性の本質が宿るという事実を物語っています。

こちらも動画撮影してありますので以下に掲載しておきます。
上記は緑葉個体のモンステラですが、続いて示すのは開花直前の成熟株モンステラ・オーレアにおいて展開された葉です。ここでは、葉緑体の分布異常に由来する黄金色のパターン(variegation)が極めて鮮明に発現しており、成熟過程における代謝安定性と形態形成の完成度が、斑入りの美的価値を最大限に引き出していることが分かります。

こちらも動画撮影してありますので以下に掲載しておきます。
上記で示した実際の栽培記録が物語るように、いかに希少とされるモンステラを入手したとしても、開花に至るまで成熟させるための栽培技術が伴わなければ、その株が本来潜在的に備える“真のレア形質”に出会うことはできません。
そして、以下に示すのは、“真のレア形質”を開花という段階で顕在化させ得た場合にのみ栽培者が到達できる、成熟株モンステラにおける卓越した花序です。



現在、これらの開花したモンステラを対象とした人工授粉および交配実験が段階的に進行しており、次世代系統の確立に向けた取り組みが着実に進められています。モンステラの交配については、以下のページでまとめています。
ずいぶん前から話題になっておりましたが、バンコクで開催された「BEST MONSTERA CONTEST @ BLOSSOM, BKK」において、@rabbitsplant 氏の栽培によるモンステラ・FORM6 が栄冠を勝ち取りました。この事例が教えてくれるのは、FORM6 自体の希少性よりも、本株を成熟段階まで育て上げた育種者/栽培者の技術と経験こそが真に評価されるべきものである、ということです。ちなみに本人も成熟に至ったからこそたどり着けたフォルムである事を実際に語っています。
私は購入する側の立場でいつも感じてしまうのですが、「レア」という言葉は、多くの場合、販売者自身によるモンステラが成熟するまでの栽培実態を反映しない表層的な宣伝文句(セールストーク)に過ぎません(栽培実態を反映してレアという言葉を用いている園芸店は極めて僅か)。さらに「レア」という言葉自体が、売り手にとっては購買意欲を喚起し、買い手にとっては所有欲を正当化しやすい心理的に作用する表現であるため、モンステラに限らず様々な商材に安易に用いられています。
しかし、植物は命ある生き物です。どれほど希少性を謳われる個体であっても、適切に育て上げなければその潜在的な形質を発現させることはできません。モンステラであれば、開花に至るまで成熟させて初めて、その株が本来備えている真の草姿に出会うことが可能となるのです。
繰り返しになりますが、モンステラにおける「レア」とは、流通時点での見た目の珍しさではなく、成熟を経て初めて現れる潜在的形質(latent trait)にこそ宿るという事実を、私が大切に育ててきたモンステラたちが教えてくれました。つまりレアなモンステラは、わざわざ海外に求めなくても日本に既に存在します。
引き続きモンステラレースプリズマティックモーフ(NoID)に成長の変化がありましたら栽培記録を更新します。
モンステラデリシオーサレースプリズマティックモーフの栽培記録
Plant Cultivation Record
本株はモンステラデリシオーサレースプリズマティックモーフ( Monstera Deliciosa Unknown Lace Prismatic Morph )として栽培記録をまとめていますが真相は不明です。葉にあく穴の数や切れ込みの状態は写真や動画にまとめている通り異常です。成熟前の栽培記録は、モンステラデリシオーサマクロコズム( Monstera Deliciosa Macrocosm )のページでまとめています。
モンステラレースプリズマティックモーフ
Monstera Deliciosa Unknown Lace Prismatic Morph

Types of Monstera
モンステラの種類
私が現在栽培しているモンステラの種類は、一般的な人気の種類(モンステラデリシオーサ、モンステラボルシギアナ)と、その他の種類(sp. ペルー、アカコヤグエンシス、アクミナータ、アダンソニー(マドカズラ)、エスケレート、オブリクア、サブピンナータ、シルテペカナ、スタンデリアナ、スプルセアナ、ドゥビア、ピナッティパルティタ、レクレリアナ)です。それぞれの詳細については、以下のページでまとめています。